介護施設における暴力型労災事故

1 高齢者施設における職員への暴力事故

 我が国では、高齢化社会を迎えて久しく、ある程度の年齢を超えて身体面や認知面での老化が進むと高齢者入居施設(有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、特別養護老人ホーム等)に生活の本拠を移すことが一般化しています。

 このような高齢者入居施設では、入居者の心身の状況に応じて、職員が生活面の介護を行います。当然ながら、入居高齢者の中には、認知症の方もいらっしゃり、中には職員に対する暴言や暴力がある場合もあります。もちろん、認知症となる以前には、そのような傾向などなかったのだろうと思われますが、悲しいことに認知症の程度が進んでしまうと、暴言やさらには暴力をふるってしまうことがあります。

 介護を行う職員の方々は、皆さんプロフェッショナルですから、少々の暴言や暴力は、あるいは慣れっこになっていてどうということもない場合が多いように見受けますが、中には重い怪我を負わされてしまうことがあるのも事実です。

2 障がい者施設における職員への暴力事故

 また、我が国には、主に知的・精神障がい者の方々が生活するために入居する施設があります。そのような施設でも職員が常駐し、入居者の心身の状況に応じて、職員が生活面の介護を行うのが一般です。

 このような施設でも、入居者の中には、抑制が効きにくい、パニックになってしまう等の理由から、突発的に職員に暴力を振るってしまうこともあります。

 知的・精神障がい者の方には、身体は大きく力も強い方もいらっしゃいますから、突発的な暴力により、職員が重い怪我を負わされてしまうこともあります。

3 労災事故と「労災隠し」

 このような入居高齢者・障がい者からの暴力被害事故は、業務中の事故であり、明らかに労災事故ですから、労災保険扱いでの治療が受けられ、休業中は休業補償給付、障害が残ったなら障害補償給付が受けられます。

 しかしながら、高齢者施設や障がい者施設を運営する会社・法人の中には、規模も小さく、経営者に遵法精神に欠けるところも見られるのも事実です。そのような施設では、業務中の事故にもかかわらず、労災ではないとか、健康保険で治療するようにとか、違法な対応をするところもあります。

 もしも、このような労災隠しにあった場合には、すぐにでも労基署や弁護士に相談してください。労災隠しをされるままに放置すると、ご自身に重大な不利益が降りかかりかねません。「労災隠し」への対処方法はこちらをご参照ください。 

4 入居者から暴力事故と会社・法人(事業主)の責任

 労災保険からの給付には、慰謝料(入・通院慰謝料、後遺障害慰謝料)はなく、休業補償も事故前収入と同じだけ(100%)は得られない、後遺障害による将来の収入減少への補償が不十分である、といった不十分点があります。

 もしも、入居者から暴力事故に会社・法人の安全配慮義務違反等があるならば、会社・法人に対して損害賠償請求をすることによって、労災保険給付だけでは不十分な点の賠償(補償)を受けられます。

 それでは、どのような場合に、会社・法人の責任が認められ得るのか、ポイントをご説明します。

 まず、安全配慮義務に関する一般論として、「雇用主は、雇用契約の附随義務として、従業員の生命、身体、健康の安全に配慮する義務を負っている。具体的には、入居者の認知症の状態や、障がい内容・性質等から、職員に対する危害が予想される場合には、同危害を防止する十分な物的・人的措置を講じ、危害の発生を防止する義務がある。」ということができます。

 そうすると、ポイントはその暴力事故について、①その入居者の暴力が予想できたか、②予想できたのならば暴力被害を防ぐ手立て(対策)を会社・法人は採っていたか、ということになります。

 ①予想が可能であり
 ②十分な対策が採れていなかったならば、会社・法人の安全配慮義務違反が肯定され、会社の責任が認められるでしょう。 

 さらに、①・②について詳しく述べますと、

 「①その入居者の暴力が予想できたか」についての重要な立証手段(証拠資料)は、その入居者のプロフィール資料や、日々の介護記録等がメインとなります。介護記録には、その入居者がこれまで職員や他入居者に暴力等を振るったことがあれば、その出来事が記載されていますし、プロフィール資料には介護にあたって気を付けるべきこととして、暴力傾向があれば記載されているのが普通です。

 ところが、介護施設においては、暴力事故があった後、それらの資料を隠してしまうことがあります。もちろん、施設の責任を問われないようにするためでしょう。信じられないかもしれませんが、そのような隠滅行為を行う施設も本当にあるのです。

 そのため、被害に遭われた方は、万一の場合に備えて、何らかの方法で上記の資料の存在・内容を確保しておいた方がよいかもしれません。(もちろん、窃盗等の違法行為をしてはいけませんので、念のため指摘しておきます。) 

 「②暴力被害を防ぐ手立て(対策)」については、その入居者の暴力傾向の程度等にもよりますが、介護には複数人で対応できる人的体制や、それに準ずるような物的体制が必要と判断されるでしょう。

 会社・法人は、②に関して、マニュアルに基づく教育をしていた、介護保険法、障害者総合支援法等の法令に基づく基準に合致する人員体制をとっていた等の反論をしますが、そのような一般的な措置では、責任を否定することは難しいでしょう(裁判所の判断を念頭に置いて述べています)。

5 泣き寝入りしない

 これまで、入居者からの暴力被害に遭ったからといって、労災保険からの給付を受ける以上に、会社・法人への責任を追及しようというのは、あまり一般的ではなかったかもしれません。

 しかし、それでは職員の被害はどのように解消されればいいのでしょうか。泣き寝入りを強いることは正義でしょうか。そうではないでしょう。これまで泣き寝入りをせざるを得なかったとすれば、これまでがおかしかったのです。

 決して簡単ではありませんが、会社・法人から正当な賠償を受けることは不可能ではありません。安易な泣き寝入りはお勧めできません。

 労災事故に遭われて、お悩みの方はぜひ一度、ご相談なさってみてください。

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